こんにちは。
clover leaf 心の調律師
末廣真證(@cloverleaf_blog)です。
今回は空気を読みすぎて
自分の心に嘘をついて
生き辛くなってしまっているあなたへ贈る、
心のお薬ブログです。
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「空気を読むこと」であなたの本心を隠し嘘をついてない?
あなたにとって好きな人や好きな事が、
必ずしもみんなが好きとは限らないし、
逆に周りが好きな人や好きな事が、
あなたにとっては好きじゃないという事もあるよね?
そんな好きでもない事を
「好き」とか言ったり、
本当は好きなのに「好きじゃない」と
言ってしまったっていうことは
誰しも経験があると思う。
まぁよく言う「空気を読む」っていう、
あの意味不明な風習のことね。
元々は「場の空気を読む」という言葉で、
相手の「顔色を伺う」という意味。
勿論、空気を読んだりする事も
必要な時もあるよ。
でもね、私が思うに
「空気を読む事」が必要な時って
「相手の心を傷付けてしまう時」
くらいじゃないかな?
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空気が「いじめ」や「ハラスメント」を生み出す
言葉の意味にもある「顔色を伺う」と
いうことは、相手の「心情を読み取る」
と言う事。
例えば、人は誰もが多かれ少なかれ
持っているコンプレックスや能力の有無に対し、
その人を人前で小馬鹿にしたり、
ネタにして笑うのは「いじめ」であって
「言葉の暴力」だよね?
学校の中でも2016年7月に起きた
山口県の高校2年の男子生徒が
自ら命を絶ってしまった事件がありました。
相手はいじられキャラだから、
いじめじゃなく「いじってたつもりだった」
と言って教師も加担していたって話もある。
いじる事が面白かった(笑いが取れる)から、
それがいつの間にか教室全体に広がり、
教室の空気が「いじめ」を生み
自殺に追い込んだんだと思う。
きっとクラスの中にも、
「それっていじめだよね。」
「いけない事だよね。」
と思っていた人も居るかと思う。
でもきっと誰も言えなかったのは
「空気に呑み込まれていたから」
ではないかな?
ただ、現在その事件があったから
注目されているだけであって、
表立って見えている部分は
氷山の一角でしかない。
社会だってそう。
学生時代は「いじめ」だったのが、
社会に出ると
パワーハラスメント
モラルハラスメント
セクシャルハラスメント
に変わる。
ちなみに「ハラスメント」というのは
日本語で「嫌がらせ」という意味ね。
職場での力関係がある中で、
高圧的な態度や言葉で部下を攻撃したり
笑い者にしたり、性的な言葉で
部下を不快にさせたり。
そこには既に力関係があって
部下は逆らえないから、
上司のご機嫌を取るために本心とは違ったり、
理不尽や不快だとしても言い返さない。
いや…言い返せないんだよ。
ハラスメントは部下の教育の為じゃなく、
それって力関係がある上司の
「いじめの発展形」だからね。
部下を従わせる、または上司の意見を
まかり通すため。
「しつけ」と言って子供を殴ったり、
言葉で恫喝するのとなんら変わりない。
今も昔も「いじめ」や「ハラスメント」で
苦しんでいる人はたくさんいる。
でも、だからと言って
極端に距離を取ってしまうと、
人との信頼関係も築きにくいし、
逆に生きづらくなってしまう。
冗談を言える関係は
相手との心の距離感にもよるから、
正直見えにくいものではあるけど…。
だからこそ
「空気を読む事」=「顔色を伺う事」
が必要なんじゃないかな。
相手の表情とか言動を見れば、
なんとなく良い雰囲気か
悪い雰囲気くらいは分かってくると思う。
あとは信頼や信用にもよるからね。
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社会での「空気を読め」は「協調」ではなく「同調圧力」
世間の暗黙のルールである
「空気を読め」と言うのは、
「あなたが好きでも嫌いでも
そんなのは関係ない。
私達(多数)に同調しろ。」
と無言の圧力を感じない?
これこそ同調圧力なんだけどね。
本心では「違うんだけどな…」と思っていても、
多数と違う意見を言う事によって
周りの反感を招いたり、
仲間外れにされてしまうという危機感から
「本心ではない同調」をしてしまいがち。
だから「本心ではない同調」を
してしまう気持ちはとても分かる。
でもさ「本当にそれで良いのかな?」って
あなたも薄々気付いてるんじゃない?
だって「空気を読んで本心隠す」って事は、
つまり「自分に嘘ついてる」って事だよね?
「周りはこう言っているけれど、
私はこう思うんだよね。」
と自分の正直な意見や考えを言う事の方が、
例え間違っていたとしても
本心隠して嘘をつくよりも良い事だと思う。
勿論、人によって「我こそ正義なり!」と、
あなたの意見や考えを押し潰そうと
攻撃してくる人も必ずいる。
そんな「我こそ正義なり!」と
攻撃してくる人を相手にする
必要なんかない。
ただあなたより優位に立ちたいか、
言い負かしたいだけだから。
違う価値観を認められない人には、
何を言っても分かり合える事はないし、
争うのは時間の無駄だし疲れるし。
賢い人は
「そうだね、そういう考えもあるよね。」
と上手く回避しましょう。
互いに尊重しつつ意見交換ができる人と
話す方がよっぽど建設的な話ができるし、
心にとっても健全だからね。
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だから無言の同調圧力で、
本心を押し殺す必要なんかない。
「私は私。人と違って当たり前。」
というのを前提に置いて、
相手の意見も取り入れることで
人として大きく成長ができるから。
そして何より生きることが楽になる。
あなたが感じている本音を言って
少し位身勝手な人だって思われ
偏見持たれても良いじゃない。
だってそれが人とは違う
個性なんだから。
合わない人達に、
無理して合わす必要なんかない。
自分の心に嘘ついて誤魔化して
自分を嫌いになるくらいなら、
自分の心に素直でいた方が
自分を好きでいられるよ。
色々な生き方や考え方があった方が、
人と話してても楽しいし面白い。
本心をさらけ出すことによって、
不思議にあなたと同じ意見や考えを
持ってる人に出会えるから。
自分の本心を出せないで、
愚痴や不満ばかり口からいうのは
もう辞めにして、本心を出してみないかい?
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最後に…
最後まで読んで頂き、
ありがとうございます。
実は私自身も幼い頃から「空気を読む事」を
気付かず無理してやっていた事があり、
生きるのが辛い時期がありました。
小学生の時に激しい腹痛で病院に運ばれ、
医師の診察で
「気の使い過ぎでのストレス」
と言われました。
親の仕事の都合で、
小学校6年間の間に福岡→愛知→岐阜と
転校を3回も繰り返していましたし、
無自覚で余程無理していたんでしょうね。
しかしある時から
「こんな自分は嫌だな…。」
と、思い自分の意見を
言葉にするようにしたら
少しずつ生きやすくなりました。
この経験から
「自分に正直に生きる」
という事が、自分の心に正直に生きることは
「自分の生きやすさにも繋がってくるんだ」
と体感しました。
きっとこの「心のお薬ブログ」を
読んでくれている人達の中にも、
空気を読み過ぎや同調圧力で
「自分に正直に生きれなくて
苦しい思いをしている人」
もいると思います。
だからこそ、この「空気を読む」という、
あまり良くない風習から抜け出す、
小さなきっかけになればと思い
書き綴りました。
「好きなものは好き。
嫌いなものは嫌い。」
それで良いじゃないかなと私は思います。
でもね、相手に伝える際は
「私が嫌いなものを好きな人」
の相手を否定するんではなく、
違う考えもちゃんと受け入れ尊重した上で
ちゃんと言葉で伝えましょうね。
例え傷付くことがあっても、
自分に嘘ついて生きるより
自分に正直に生きていきましょう。
今回ご紹介させて頂く曲は、
私が子供の頃から好きなアーティスト
ASKAさんの
「月が近づけば少しはましだろう」
という曲です。
ASKA【月が近づけば少しはましだろう】
5年前に事件があった時は
私自身本当に落ち込みましたが、
あの事件があっても
私はASKAさんを好きな気持ちは
何ひとつ変わりません。
事件があった時も
「私が好きなアーティストはASKAさんです。」
と周りにも言っていました。
まぁ当然周りに引かれることも多々ありました。
でも好きなものは好きという気持ちに
嘘をつきたくなかったのです。
私が幼い頃落ち込んだ日に、
何度もASKAさんの歌で
救われたことが何度もありました。
「月が近づけば少しはましだろう」
というこの曲も私の心を救ってくれた一曲です。
良かったら聴いて下さいね。
あなたに幸せが訪れますように。
追伸…
記事を書く士気にも繋がりますので、
この記事が良かったら
「シェア」して少しでも多くの人に
広めて頂ければ幸いです。
それでは。
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